前回は、大好きな人が多い『分配金支払い』についてほとんど闇な部分ばかりをお伝えしてきました(笑)
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さて、今回は前回の分配利回りに続く話となるかもしれませんが、こちらも個人投資家には人気のある「通貨選択型」の投資信託(ファンド)について見ていきたいと思います。
通貨選択型とは?
政策金利が高い国の通貨を「高金利通貨」と言います。
日本は、現状低金利が続いていますが、日本から見た場合の先進国は今ではだいたい高金利通貨となってしまいました。
「高金利通貨の国」と言えば、やはり新興国を思い浮かべる方が多いかもしれませんね。
「南アフリカのランド」、「トルコのリラ」、「ブラジルのレアル」、「メキシコのペソ」などは相対的に日本よりも金利の高い国ばかりですので、もしこれらの通貨と円を為替交換・保有すると「短期金利差」を収益にできるのです。
FX取引で言えばスワップポイントですね。
さて、実はファンドが収益を上げる方法として、通常の株式や債券の値上がり益や配当・分配収入以外にも、この為替取引を利用した「金利差の収益」を組み込んでいるものが結構な割合で販売されています。
SBI証券の「通貨選択型」:184件
楽天証券の「通貨選択型」:233件
ファンドの分類を「通貨選択型」で検索すると、債券や株式、さらにはリートまで幅広いタイプのファンドに「通貨の取引を組み込んだもの」が販売されているのが分かります。
これらは、すべて投資対象への投資からの収益だけでなく、「通貨の金利差」による為替取引による収益や円に戻す際の「為替変動」による収益も同時に狙っているファンドとなるのです。
それでは、例として「三菱UFJ国際投信」が運用している「米国ハイ・イールド債オープン(通貨選択型)」の中身を見ながら実際に確認してみましょう。
同じファンドが5種類?
「楽天証券」で「米国ハイ・イールド債オープン」と検索すると、同じような名前のファンドが5つヒットします。
「通貨選択型」は、投資対象は同じなので同じようなファンド名となりますが、それぞれ選択可能な通貨ごとに独立して販売されています。
今回のファンドの投資対象は、米ドル建ての高利回り債券であるハイ・イールド債(リスクも高い)となっています。
米ドル建てであれば米国以外の国が発行している社債にも投資するので、カントリーリスクなども含めて、ハイリスクハイリターンの商品となりますね。
ハイ・イールド債とカントリーリスク
格付けが低くリスクが高い分、利回りは高くなる。
発行体が新興国などの場合は、加えてカントリーリスクも存在する。
同じ投資対象になるのですが、為替取引をする通貨を以下の5本から選択できるようになります。
- 円
- 米ドル
- 豪ドル
- ブラジルレアル
- トルコリラ
実際は、5本の内、円と米ドル以外の3つの通貨に関してだけ、それぞれ米ドルとの間で金利差収益を手に入れるための為替取引が行われます。
ポイント
「円コース」の場合、米ドルよりも円の方が金利が低く、金利差収益を手にする可能性はほぼないので、為替取引ではなく損失を少なくするための為替ヘッジを行います。
「米ドルコース」の場合、米ドル同士の取引となるので当然ながら為替取引はありません。
このファンドから収益の発生する流れは、全部で3つあります。
各通貨コースで発生する収益が異なるので順番に見ていきましょう。
投資対象からの収益
最初に、投資対象の債券から発生する利子・配当収入や値上がり益で収益が発生します。
米ドル建てなので、この時点で資産として米ドルが増加します。
為替取引からの収益
米ドル建てで運用されているこのファンドは、収益として増加した米ドルを使ってさらに為替取引を行います。
投資家が購入時に選択した通貨と米ドルの間で為替取引を行い、短期金利の差による収益を手に入れます。
※円の場合は、元々低金利で金利収益が見込めないため、為替ヘッジだけを行います。
為替変動による収益
最終的に選択した通貨を円に替えて投資家に戻されますので、この時点で円が選択した通貨よりも弱ければ(円安であれば)、為替差益が発生します。
※円コースは、米ドル建て資産を円で運用しているので最後の為替変動の影響はありません。
損失が膨らむパターンは・・・
こうやって順番に並べてみると、どこからでも収益が発生しそうな気がしますが、もちろんそんな簡単には行きません。
それでは、逆に損失が膨らむパターンを見ておきます。
損失が膨らむ流れ
1.債権からの利子・配当収入はあるが、元本割れした
2.米ドルと選択した通貨の間の金利差において米ドルの金利の方が高くなって短期金利差の損失が発生した(円、米ドル以外)
3.選択した通貨と円の間で円高による為替差損が発生した(円以外)
「1」はどの通貨を選択しても発生します。
「2」は米ドルコースであれば為替取引がなく、円は元々低金利のため金利収入を目指さず為替ヘッジだけを行います。
「3」は最終的に投資家に戻す通貨が円なので、投資家が売却(解約)するタイミングにおいては、為替差損が発生する場合もあります。
債券では収益が上がっていたのに、為替取引で損失が発生する場合もあるし、債券と為替取引で収益があっても、売却(解約)のタイミングが悪ければ為替差損が発生する場合もあります。
投資家目線で言えば、通常のファンドより為替の処理が入るだけで運用実績の評価や値動きの予測も難しくなります。
さらに、「円コース」の場合は為替ヘッジコストがかかり、他の通貨では為替取引が絡むので、信託報酬が高めとなるのもネックですね。
危険だけど大人気!買われる通貨コースとは?
「通貨選択型」のファンドが、収益の発生タイミングが2重にも3重にもなっているのと比例し、損失も2重、3重となるいわゆる「ハイリスクハイリターン」商品であるのは間違いありません。
しかし、この手の「収益がさらにより多く見込めるファンド」というのは、投資家からは人気があるようです。
それに加えて、前回「その7」でもお話したように、収益がさらに「分配金支払いに繋がる」ファンドなら言うまでもないでしょう。
それでは、この5本のファンドの純資産総額を眺めてみましょう。
純資産総額は、運用の成績と投資家の購入量で増えていきますが、記事執筆時点では、やはり「米ドルコース」の人気が高く、運用もそこそこ安定していますね。
為替取引による金利収入はないものの、2010年代半ばに米国が政策金利を引き上げてから米ドル高を見越して、為替差益が狙えるポジションとして購入量が増えて、それを今現在まで一定数維持しているのかもしれません。
ただ、注目したいのは「米ドルコース」ではありません。
2番手、3番手につけているのが「ブラジルレアルコース」と「トルコリラコース」という新興国の高金利通貨になっている点です。
下の表は、2022年3月時点の5通貨の「受益権総口数」、つまりどれだけ買われているかを一覧にしたものです。
単位:千口
円 | 米ドル | 豪ドル | ブラジル レアル | トルコ リラ |
---|---|---|---|---|
1,449,899 | 2,773,176 | 3,159,247 | 5,443,698 | 13,831,912 |
こう比較してみると「トルコリラ型」が突出していますね。
「ブラジルレアル型」もそうですが「金利差による収益が大きく見込める=分配金が高くなるかも!」というだけで人気があるのがよく分かります。
しかし、購入者が多い「トルコリラ型」の純資産総額が「米ドル型」や「ブラジルレアル型」と比べて見劣りするのは、やはり資産運用と為替運用の両方で収益を上げていく難しさがあるとも言えます。
それと合わせて、毎月の「分配金支払い」が一層「基準価額の下落」に拍車をかけています。
為替が収益に影響する投資商品であれば、やはり投資家自身が世界の経済情勢や社会情勢をきちんと把握して、ファンドの購入・売却タイミングなどを見極める目が必要になってくるでしょう。
”プロにお任せできる投資”がウリの「投資信託」と言う商品にあって、単に人任せにはできないのがこの「通貨選択型」なのかもしれません。
トリプルプラス?その中身とは?
「通貨選択型」も様々なリスクと隣り合わせのファンドであるというのが見えてきたところで、さらにリスクを『もう2乗せ』したファンドの中身も見ていきたいと思います。
「楽天投信投資顧問」が運用する「楽天USリート・トリプルエンジン・プラス(レアル)毎月分配型」と言うファンドがあります。
このファンドは、北米地域のリートに投資する商品なのですが、ここまでお読みいただいた方であればファンド名からもご推察の通り、「ブラジルレアル」で為替取引による運用も同時に行うタイプとなります。
ここまでであれば、先ほどご覧いただいたお話と同じになりますが・・
ファンド名に気になる「トリプル」だの「プラス」だのという言葉が入っています。
何だか3つ目、4つ目がありそうではないですか(笑)?
そう、正にこのファンドは、全部で4つの方法で収益獲得を試みるタイプになるのです。
- 米国リートからの値上がり益・配当収入
- 米国リートの売却益→売却損失を抑えるためのカバードコール
- 米ドルと円の為替差益→円に対する米ドルのカバードコール
- 円とブラジルレアルとの金利差収益と為替差益
投資対象を大きく2方向に分けると「米国リート」と「ブラジルレアルの為替取引」なのですが、「米国リート」に対してはカバードコールオプションとその取引通貨である「米ドル」に対するカバードコールオプションによる収益増加が追加されているわけですね。
出所:目論見書
細かく流れを見てみると「6パターン」を表現できるようになり、それが上の図のようになります。
オプション取引による「カバードコール」というのは、「コールオプションの売り」によって将来的な値上がり益が不確定な場合に、一定の値段(権利行使価格)より上の値上がり益をすべて放棄する代わりに、プレミアムを手に入れる手法となります。
日本のネット証券会社では、個別銘柄でのオプション取引に対応しているところはありませんから、オプション取引の経験がないと中々イメージしづらい投資手法となるでしょう。
ただ、「コールオプションの売り」というのは、上にも書いたように、どちらかと言うと収益を目指すよりは損失を回避する方法になります。
獲得したプレミアム以上に、値が下がればそこからの損失幅は無限大ですし、権利行使価格以上から先の利益はどれだけ増えても獲得できないわけですから。
上の図を見ても分かる通り、収益を無限に獲得できる方法は、以下の3種類しかないのです。
- リートの配当収入
- ブラジルレアルの金利差の収益
- ブラジルレアルの為替差益
こう分解していくと、確実視できる収益は、ほぼリートの配当収入しかなさそうですね。
それであれば、カバードコールを外したリートの売却益と配当収入だけを愚直に目指してもらいたいのですが、それだと他のファンドとの差別化ができないわけです。
お気づきだと思いますが、リートの売却益と配当収入を目指すファンドであれば、まさしく「リート型のファンド」そのものになってしまうからです。
『高金利の為替取引もやりますよ』、『オプション取引で損失を回避してますよ』、『ついでにメイン通貨のオプション取引もしちゃいますよ』と内容を増やし手数料を高く取る目的で作られたファンドなわけですが、実はそれほど収益の上がる構造にはなっていないのです。
3重以上の収益獲得を目指すファンドの一覧
というわけで、なんだか難しそうな取引を何重にも行っているファンドを紐解いてみたわけですが、他にも同じような投資方法を行っている一覧を名前だけで確認してみましょう。
先ほどの「トリプル」というのは”3つだな”とか「プラス」というのは”さらにもう一つあるな”とか感覚的に分かりますが、この手のファンド名には特長があります。
- 明治安田米国リート・インカム・プレミアム・ファンド(毎月決算型)
- 米国リート・プレミアムファンド(通貨プレミアムコース)
- 好配当グローバルREITプレミアム・ファンド 通貨セレクトコース
- 三菱UFJ Jリート不動産株ファンド<Wプレミアム>
- 米国好配当株プレミアム戦略ファンド(毎月分配型)株式&通貨コース
- 好配当米国株式プレミアム・ファンド 通貨セレクト・プレミアムコース
上記6本のファンドは、すべて投資対象の他に、為替取引やオプション取引による「カバードコール」を組み合わせたファンドになります。
これらのファンドには、すべて「プレミアム」と言う名前が付いています(Wプレミアムというのもありますね)。
おおよそ「外国リート」や「外国株式」に投資するファンドで「プレミアム」が付く場合は、通貨の為替取引やカバードコール戦略が付帯していると思っていいでしょう。
この手のファンドは分配金を払い出すタイプも多いので、運用成績はどれも首をかしげたくなるようなものが多いですけどね。
中には、以下の2本のように名前に「プレミアム」とつきながら、純粋に(?)投資対象への取引だけ行うファンドもあります。
- 日本厳選プレミアム株式オープン(年2回決算型)
- モルガン・スタンレー グローバル・プレミアム株式オープン(為替ヘッジなし)
これらの「プレミアム」は、投資対象を「プレミアムセレクト」とした意味合いで名前を付けています。
厳選銘柄への集中投資で運用するアクティブ型ファンドなのでリスクも多いですが、株式投資1本に絞った運用のためか、同じ「プレミアム」と名が付くものでも上記2本のファンドの方が、為替取引やオプション取引などを盛り込んだ「プレミアム」と冠しているファンド達よりも運用成績(直近5年間)が上回っているように見えます。
まとめ通貨選択もカバードコールも必要ない
「通貨選択型」の高金利通貨は、本当によく釣れるんでしょうね(笑)
運用成績はどう見ても安定していないのに、購入者は多いようです。
この「通貨選択型」の特長として「スイッチング」を謳うものもありますが、この「スイッチング」は単なる買い直しに過ぎません。
スイッチングとは
しかし、売却益の税金は同じように発生し、販売会社によっては買い直す通貨のファンドに対する購入手数料が普通に掛かるので、実際は単なる買い直しに過ぎない。
「カバードコール」などのオプション取引は、日本ではあまりなじみがないかもしれませんが、あの大投資家「ウォーレン・バフェット」も使っている取引手法です。
知識も経験もない投資家が「一発逆転」を目指すと『大やけど』をしますが、ファンドを運用しているファンドマネージャーのような方々が使うには資産形成へのプラスになったり、マイナスを補填できるような優れた投資手法となります。
それでも、「株式運用」に「運用とは関係のない為替取引」に「オプション取引」に・・というのではさすがのファンドマネージャー達でも中々運用が難しいのでしょうね。
ファンドで採用されている株式やリートなどの「カバードコール(コールオプションの売り)」は、あくまでも投資先が”成長しない前提”であって、投資対象の成長を追い続けるものではありません。
基本的に、長期運用が主戦場のファンドでは、「カバードコール」による損失を抑えるやり方ではなく、長期に成長拡大していく投資対象からの収益確保に全力を向けてもらいたいな、と思ってしまうのです。