最近「人生を生きる」とは、どういう意味を持っているのかをよく考えるようになりました。
前回書いた、自転車で世界一周をしている岩﨑氏であれば、「人生を生きる」というより「人生を生き切る」様は、世の人をいかに惹きつけるのか、世にどれほどの影響を与えるのかを正に教えてくれたような気がします。
岩﨑氏の生き方は「過去は及ばず未来は知れず」を体現していますよね。
「生きている」のは今であり、過去を思い出して悔やんだり、嘆いたりしてもしょうがないですし、未来がどうなるかは誰にも分からない。
「今をどう生きるか」の結論が、自分が打ち込むものを見つけひたすらに日々実行する、というシンプルな答えに行き着くわけです。
先日、YouTubeの「ReHacQ」というチャンネルに登場した「坂上忍」氏の回も、この「自分が生きる意味」を見出せるような面白い対談を行っていました。
動画は前編と後編に分かれています。
前編は56年という長い芸歴を持つ坂上氏が、情報番組「バイキング」での裏話や、過酷な芸能界で「ヒール(悪役)」として生き残るための独自の哲学を語っています。
- 「ヒール(悪役)」を演じきる覚悟
- 「バイキング」の壮絶な舞台裏
- 現在の生活と自己評価
役者であって、司会業でもお笑いでもない人が情報番組の司会を長年務められた舞台裏は、やはり過酷なものがありそうでしたね。
バラエティ班が作る情報番組の制作がいかに大変かを語っていますが、その中でも自分のスタイルを崩さずに周りのサポートに感謝しながら続けてきたと言う話は、どのようなビジネスにおいても通じるお話だったと思います。
もちろんテレビの世界に長く生きてきた人なので、テレビで番組を作っていく仕事は、自分の使える経験やその業界ならではの人脈などを駆使して成功に導けたのだと思います。
こういった何もないところから自分たちで作り上げたテレビ番組のお話というのは、見ごたえがありました。
それでもやはり後半の動物保護のお話は、今を精一杯生きている坂上氏の思いが諸に溢れたいいお話を聞かせていただいたと思うのです。
人生を生きる意味においては、今の「ペットの保護活動」に注力している坂上氏の語りは本当に無視できません。
たびたび書いていますが、筆者も猫11匹と暮らしていて、保護活動をされている方々に知り合いもたくさんいます。
ただ残念ながら保護活動をしている人にもピンキリがいて、野良の子を保護するのに多額の金銭を要求したり、保護施設を管理しきれず多投飼育崩壊の状態にさせてしまったりする人もいるのが現状です。
その中で、「金持ちの道楽」のようなレッテルを貼られる場合が多かった坂上氏の保護活動は、本当に今問題になっている野良犬や野良猫との共生に真剣に向き合っていると思うのです。
自身の私財を投じながら運営されている「さかがみ家」や自宅のトレーラーハウスで保護している猫たちの様子も「さかがみ家チャンネル」を通じて公開されていて、譲渡までの道筋ともなっています。
筆者は坂上氏より年齢が9つくらい若いだけですけど、若い頃の坂上氏のやんちゃぶりは週刊誌やワイドショーレベルではありますが、色々聞いてきました。
この当時を知るに、年齢を重ねてから動物の保護活動に携わるような人にはお世辞にも見えなかったわけです。
ところが、今では自分がいる下流だけでは対応できる問題ではないと、上流、つまり政治や法改正への展望も見据えているのです。
ご本人は政界には出たくないと言っていましたけどね
すべては動物の保護のためであり、持っている資産をすべて注ぎ込むという考えは、正に「生き切る」姿そのものなわけですね。
現在でもテレビの仕事をしながら動物保護にも携わるというハーフ&ハーフの生活をされています。
そうやって稼いだ資産を自分が本当にやりたいものに注ぎ込む。
その結果、その時に保護されている子たちは全力の愛情を注いでもらえますし、動物だけでなくもしかしたら人間も救われている人がたくさんいるかもしれないのです。
奥さんもおそらく坂上氏と同じ思いを持っているでしょう。
奥さんがお世話されている様子も動画ではたびたび出てきていますけど、とても素敵な面白いかたですよね。
でも「お世話」という観点で言えば、仔猫の場合や一度にやってきた数が多い場合は本当に大変だと思います。
それでも動画から伝わってくる2人の様子は、楽しさや嬉しさのようなポジティブな感情を視聴者に与えてくれますし、同時に譲渡できるようになるまで一切の妥協を見せない使命感も毎回見せてくれます。
おそらく岩﨑氏のように変人扱いされたり、坂上氏のように金持ちの道楽と周りから思われたりしても、自分がこうと決めたものに邁進していく「生き方」は、少なからず見ている人に影響を与えているでしょう。
「生きる」とは自分の意思で考えながら動けるかどうか。そしてそれをやり続けられるかどうか。
そこに周囲の評価や雑音は関係ない、というのがよく分かるのです。

