だいぶ前ならテレビやメールマガジンのおたより、少し前ならブログのコメント、最近ならSNSのコメントのように、コンテンツの制作者に対して視聴者側からの意見というのはありのままを発信できるようになってきたと言えます。
このような意見や感想などを制作サイドに送るというのは、コンテンツを閲覧した上での自分のアウトプットにもなるわけですが、このアウトプットがものすごく長い人をたまに見かけます。
例えば、以下のような感じです。
冒頭は、今日の内容は凄く”腑に落ちた”、”腹にストン”、”目からうろこ”などの読んでいても恥ずかしくなるような慣用句から始まります。
慣用句を使ってコンテンツの内容を納得したよと伝えた上で、なぜか自己紹介的に自分の環境やこれまでの経験談などをコンテンツの内容と比べながら感想を一気に書くのです。
「一気に書く状態」というのは、いわゆる一つの文章で欲張っている状態で、途中に句点が入らず「~であり、~なので、~だと思うのですが、やはりこうこうこうで、必要だと思いたいのですが、私はそういう風に考えたのですけど、いかがでしょうか。」みたいな形ですね。
最後に、先生のご意見をお聞かせください、と急に”先生”とか言い出してへりくだって終わりになります。
まぁ、さすがにYouTubeのコメントやインスタのコメントなどではこういうのはあまり見かけませんが、メルマガのおたよりなどは作者から紹介されない限りは世に出ませんので、結構自己満足のおたよりが書かれる場合も多いのです。
内容に納得はしたけど、それじゃ足りなくてまず自身を雄弁に語ってから「わたしはこう思っている。あなたは?」のような流れで書かれるので、文章そのものが長くなるのです。
コメントやおたよりなど、誰かのコンテンツの内容に対してゆっくり時間をとって返信できる場合は、なるべく簡潔に書くように意識した方が良いでしょう。
あまりにも冗長だと視聴者・購読者が疲れてしまいますし、何より制作者側も読むのに疲れるパターンの文章となっている可能性が高いので気をつけた方がいいかもしれません。
ただただ自分の言いたい内容を一から十まで書くのであればそれは単なる説明なんですね。
これはつまり「要約力」が必要なわけです。
相手の言っている内容に対し、自分がどのように感じ何を考えどこに向かって行動したのか、を必要な部分を簡潔に書いて相手に伝える。
相手というのは制作者側もそうですし、おたよりやコメントがコンテンツの一部として紹介されたのであれば、視聴者もその他大勢の相手になります。
「そんな話はどうでもいいがな」と相手に感じ取られてしまわないように、事前に伝えたい内容を要約しておく必要があるのです。
そして、ここが結構分かれ目なのですが、要約力の低い人は生成AIのプロンプトをうまく活用できない場合が多いように感じます。
AIに自分がしてほしい内容をしっかり伝えないといけないのに、説明を簡潔に伝える部分や丁寧に説明する部分などをどのように作ったら相手が分かりやすいように伝わるか。
そこが上手ではないんですね。
相手が人間でもAIでも同じなので、伝えたい内容をしっかりまとめる力はこういう場面でも発揮されます。
知り合いのショップ運営者が発行している関連メルマガでも購読者数はそれほど多くないのですが、たまに来る感想などのおたよりで「すげぇ長いやべぇのが来た!」と笑いながら話していました。
それは9割ほど呆れた笑いでしたね。
感動してついお返しの文章を送りたくなった、と言う場合でも一旦冷静になって相手に簡潔にその感動を伝えられるように、日頃から訓練しておきたいものです。
今ならAIという練習相手もいますしね。