新しい年になり初めての日曜日だったと思います。
筆者は2人の知人と晩御飯を外で終え、近くのコンビニへと寄りました。
とある中学生がコンビニのイートインスペースの片隅で、テキストのようなものを広げてなにやらペンを動かしていました。
おそらく勉強をしていたのでしょう。
学校のジャージのようなものを着ていたし、雰囲気的にも中学生だと思いますけど受験生なのかどうかは分かりません。
「イートインスペース」と言っても、囲いのようなものがあるわけではなく、サービスコンセントもなく、店の隅に座れるイスと長めのテーブルが置いてあるだけです。
そのスペースに座ったところで、お客さんは後ろを普通に歩きますから、ほぼ店の中で座っているような状態になります。
この中学生はイヤホンをして、外の音をシャットアウトするための「自分なりの効果音」で集中力を高めていたようですから、それほど後ろを気にしていなかったのかもしれません。
それにしてもなぜ、こんなところで・・?
中学生が外も暗くなった時間帯に、一人でコンビニの片隅で勉強するなんて・・・、よほど何か理由があったのでしょうか。
この状況になってしまいそうな理由をちょっと考えてみました。
- 家だと兄弟姉妹が多くてうるさいから外で勉強しよう
- 家にいると親からの小言がうるさいから外で勉強しよう
- 家が貧乏で机も電気もないから外で勉強しよう
- コンビニでの勉強が大好き
- 一定の周囲の目線があった方が集中できる
- 自分の勉強している姿を一般公開したい
まぁ最後はちょっとふざけてしまいましたけど、そんなところでしょうか。
この光景を見た私たち3人の意見はすべて違いました。
他の2人の意見を挙げてみたいと思います。
おおよそだいたいどの人もそう思うのではないかなと思います。
1人目の意見は、勉強するならちゃんとした場所で勉強しなさい、という親であればよく使うフレーズかもしれません。
2人目の意見は、ちょっと親身になってこの中学生の身に何かあったのではないか、と気に病んでいるわけです。
一方で筆者はと言うと、「なぜコンビニを選択したのだろう?」という疑問でした。
別に本人さえ良ければどこで勉強しようと構わないと思うのです。
時間もまだ19時を過ぎたばかりだったので、サイゼリヤのようなファミレスでもドトールのような喫茶店でも良かったのに、なぜ一人の時間を作るにしてはふさわしいとは思えないコンビニだったのか。
お金が多少かかるファミレスなどよりは、コンビニでジュース一本だけ買った方が節約できたからなのか。それとも家が近所だったのか。
いずれにしても、この中学生は非常に「勇気があるな」と思ったわけです。
地域柄もあってそこまで風変わりな人がいないとは言え、やはり誰でも簡単に入れるコンビニの店内で、中学生が様々な人に背を向けて後ろから覗かれる可能性もありながら、自分の時間を作っているその姿に思わず「勇気」を感じてしまいましたね。
こういう時に親の立場になると、おそらく心配が先に立つでしょう。
でも将来自分で会社を作ったり、何か目指すものがある時に、常に安心・安全な環境で誰かに見守られながらやりたい何かをできるわけではありません。
何なら「そんな仕事をするのか?」「そんな場所へ行くのか?」「金はどうするんだ?」などいらない心配をされる場面の方が多いでしょう。
いわゆる異端児のように見られる可能性もあったりします。
この中学生も他の2人から見たらちょっと「異質なもの」に見えていたのかもしれません。
ただこの中学生の背景にどのような事情があるにせよ、自分が今やるべきものとそれをやるための最善の環境を「自分で選択してやっていると思われる姿」は、非常に見どころがあると思うのです。
こういう人間が、将来大物になって「あ~あの時の!」という形で成長した姿を見せてくれるかもしれません。
なんだかあの後ろ姿に妙な期待を持ってしまいましたね。
今は凄腕の経営者となったあんな人もこんな人も、起業当初はアパートの一室だったり、倉庫の片隅だったりと起業するための場所に正しさはなかったはずです。
常識で凝り固まった大人たちに、あの中学生の小さな背中は何か大事なものを教えてくれていたのかもしれませんね。

