先日MLBのロサンゼルス・ドジャースがワールドシリーズを連覇しました。
ワールドシリーズ出場は、ヤンキースに続いて2番目に多い23回目で、ワールドシリーズに20回以上出場している他の球団はニューヨーク・ヤンキースとサンフランシスコ・ジャイアンツだけとなります。
そしてワールドシリーズ制覇は9回目で、10回以上制覇しているニューヨーク・ヤンキースとセントルイス・カージナルスに続けるかどうかは、来年以降に期待される1つの指標でもありますね。
さてドジャースと言えば、大谷、山本、佐々木など日本人選手が多く在籍しているので、日本だと当然ドジャース関連の記事はこの3人の話題が一番アクセスを多く集めると思います。
注目を浴びている選手を取り上げれば、いわゆるバズるのは分かっているのですが、個人的な気持ちとしてはメインとなり注目される選手にはあまり触手が動かないのですよ。
どちらかと言うと、「もっと注目されてもいいのになぁ」と思うほど力はあるのに過小評価されていたり、活躍したのに話題をすべてメインに持っていかれたり、そういう「スポットライトに恵まれない」選手の動向を追ってしまうのです。
今年のレギュラーシーズン終盤からワールドシリーズまで、そのような選手が何人かいました。
ただ最初の扱いから短い期間で圧倒的な存在感を見せつけたのは、やはり「ベン・ロートベット」選手ではないかと思うのです。
ロートベットのドジャースでの動向を、分かりづらいMLBの契約と共に見ていきたいと思います。
なぜドジャースはロートベットを獲得したのか?
アメリカは契約社会なので、シーズン中の7月31日に設定されているトレード期限で、自チームの8月以降から10月のポストシーズンにかけた戦いに備えて足りない部分をトレードで補強します。
ポストシーズンというのは、レギュラーシーズンの上位チームがワールドチャンピオンを目指して戦うトーナメント戦を言い、チャンピオンチームが決まるまで最大1カ月かかります
正に「昨日の敵は今日の友」で、昨日まで最下位の弱小チームに所属していたにもかかわらず、次の日からは優勝を目指す強豪チームへ移るような話も当たり前のようにあります。
日本だと「昨日まで長くチームメートだったのに・・」という感情的な話が前面に出てくる傾向もあります。
しかしアメリカでは、戦う選手たちも「アイツはいい契約を取った」と契約そのものを称賛するほど、「チームの和」というよりは「個人のステータス」を優先するのです。
ドジャースは、このトレード期限日付近では「手薄」と言われていたリリーフ投手陣の獲得に積極的になると見られていました。
しかし投手はそこそこに、トレードで獲得した選手の一人が捕手の「ロートベット」だったのです。
なぜドジャースは補強ポイントではなかった捕手の「ロートベット」を獲得したのでしょうか?
そこには、正捕手や第二捕手がケガをした場合の「保険」の意味合いがあったからです。
代わりにトレードされた選手は?
ロートベットを獲得するために、3チーム間のトレードにより、ドジャースも選手を他チームへと引き渡しました。
その中には、将来性のある捕手「ハンター・フェドゥーシア」がいました。
当初、フェドゥーシアを出してまで同じ捕手を獲得する必要があったのか、と一部で言われていました。
しかし強豪チームの編成は、いかにポストシーズンを最後まで戦い抜くかに焦点を当てます。
その場合にまずは将来性より、実績を重視したわけです。
2024年はタンパベイ・レイズで112試合に出場し、メジャー経験が十分のロートベットは、ドジャースの正捕手である「ウィル・スミス」や二番手の「ダルトン・ラッシング」がケガをした際のバックアップ捕手の位置づけだったのです。
しかし所属先はメジャーではなく、マイナーチームとの契約になりました。
メジャー契約とマイナー契約/ロースターとは
メジャー契約は日本で言う1軍であり、マイナー契約は2軍以降だと思ってください。
ロートベットは最初にマイナー契約を結びます。
この時点で、ドジャースからは本当の保険的な捕手であり、「必要だったら声を掛けるね(必要がなければそのままマイナーにいてね)」という状態でした。
MLBでは、1球団がメジャー契約できる選手数が40人と決まっています。
この40人枠は「拡大ロースター(リザーブリスト)」と呼ばれ、その中から「アクティブロースター」と呼ばれる常に試合に出場できる26人が決まります。
この枠はシーズン開始前に決まっていて、マイナー選手がこの40人の枠内に入る場合、既にロースター入りしている選手がケガをして「負傷者リスト入り」するか、ロースターの誰かが球団から「DFA(戦力外)」されるかで枠に空きができない限り、マイナー選手がこのメジャーのロースター(メジャー契約)には入れないのです。
そしてもう一つ重要な点があります。
実は8月31日までに、現在所属しているチームの40人枠に入っていない選手は、原則としてそのチームのポストシーズンに出場ができないのです。
現時点のロートベットが置かれた状況では、メジャー契約も掴めずポストシーズンにも出られないはずでした。
これを踏まえて、次に進みましょう。
トレードから1カ月後にメジャー昇格
当然捕手2人が健在であれば、第三捕手のロートベットにメジャーからの声は掛かりません。
しかし、トレードでドジャースにやって来てから1か月後、9月3日のパイレーツ戦で正捕手のスミスがケガをしました。
翌日、ロートベットはマイナーからメジャー契約となりそのまま一気に26人枠(アクティブロースター)に入りました。
そしてこの時点では、2番手捕手のラッシングの控え捕手という位置にいたのです。
そしてメジャー契約したのが9月4日なので、仮にドジャースがポストシーズンに進んでも8月31日まで40人枠にいなかったロートベットは、本来ならポストシーズンに出場できません。
この時期はドジャースのチーム自体が絶不調で、もしかしたら所属している「ナショナルリーグ西地区」ですら優勝できないのではないか、と危惧されていてワイルドカードによるポストシーズン出場も危ういかも・・・と言われていたのです。
ポストシーズンに出られないのであれば、ロートベットの問題も関係なくなるだろう、と。
正捕手のケガ、チームの不調。9月3日、4日とパイレーツ戦に連敗を喫してしまいます。
”このままだと本当にヤバくね?”
と言っていた9月5日の試合で追い打ちをかけるように、なんと今度はラッシングまでがケガで離脱となってしまったのです。
そこに現れたのは次の次の捕手、「ロートベット」でした。
最初は誰?しかし・・
ドジャースでのメジャー初出場が、確かこの5日のパイレーツ戦で、9回表の最後のバッターだった気がします。
終盤にマスクを被り、最終回のチャンスで打席にも立ったのです。
結局この試合は負けてしまいました。
敵地のパイレーツ戦で3連敗を喫したドジャースは、やけくそになったファンから監督の采配に対する批判や不調の打撃陣への不満を浴びせられました。
おまけに最後に打席に立ったロートベットには「誰やねん?」という感じで、ラッシングを途中で外した監督の采配批判に直結したのです。
それだけロートベットはまったく注目されていなかったわけですね。
ところが・・・
その次の日からスタメンマスクとして試合に出場したロートベットは、投手陣を引っ張ります。
キャッチングやブロッキング(後ろにボールを逸らさない)などの守備力の高さから投手陣のテンポも良くなり、スタメン2試合目では山本投手の「ノーヒットノーランまであと1人」という場面も演出しました。
明らかに投手陣も上向き、よく投手とコミュニケーションが取れている姿も映し出されていました。
ベンチの中では、太い腕で自分のメモしたデータの紙をめくりながら、投手陣と会話しているシーンも良く見られたのです。
ここからレギュラーシーズンが終了するまでの1カ月弱で、だんだんと「スミスが復帰するまでロートベットでいい」という声や「ラッシングをマイナーに戻してロートベットを2番手に」などの声が日本だけでなく現地アメリカのファンからも出始めたのです。
手のひら返しで評価の上がったロートベットにチーム、つまりメジャーのロースター枠への残留要望がファンの間でも沸き起こりました。
しかしなぜ残留するのにこんなにも要望が必要なのか?
ロートベットにはMLBの契約ルールにおいて、一つ重要な心配点がありました。
これを知っているファンからは早くもオフシーズンのロートベットの動向に注目が集まったのです。
それはまた後ほど。
リーグ優勝とポストシーズンへ
さて何だかんだナショナルリーグ西地区の優勝を決めたドジャースでしたが、スミスのケガはまだ完治していませんでした。
まず最初の懸念が「8月31日までメジャーの40人枠にいなかったロートベットがポストシーズンに出場できない」点ですね。
これは実は「負傷者リスト入り」している選手がまだ治らないので「代替選手」をポストシーズンのロースターに登録する、と申請すれば可能だったのです。
代替選手はもちろん、ロートベットでドジャースにはそれまで「負傷者リスト入り」している選手がたくさんいました。
したがって、この問題はそれほど大きな問題にはなりませんでした。
まずワイルドカードシリーズのシンシナティ・レッズ戦に、ロートベットは2試合とも先発しました。
ドジャースは順当に勝ち上がります。
そして、次の地区シリーズが強敵のフィラデルフィア・フィリーズです。
10月6日、敵地でのこの試合からスミスが途中復帰できるようになりました。
先発マスクはロートベットで、後半は代打からスミスが登場するようになったのです。
そして10月7日のフィリーズとの2戦目で同じように先発したロートベットは、試合途中でスミスと交代し、結局この試合がドジャースで出場する最後の試合となってしまいました。
たった1ヶ月で
「スミスが帰ってきたら試合には出られなくなる」
ロートベットの心中はおそらくそういう思いがあったかもしれません。
見ているドジャースファンの側にも「非常に残念だけど」と前置きしつつ、そういう思いはあったでしょう。
でもプレーしているロートベット本人の姿は、正にチームに対する献身の姿勢に映りました。
今できる最大限をすべて出し切る。
日本人の美的な感覚である「チームの和」や「諦めない姿勢」にもフィットしたので、日本でもじわじわと人気が出て、オフシーズンの動向が注目されたのではないでしょうか。
結果ドジャースは11月12日に、シンシナティ・レッズがロートベットを獲得した、と発表しました。
なぜドジャースの残留が叶わなかったのか
前述の通り、ロートベットがオフにドジャースに残留できない契約上の心配点が露呈してしまいました。
それは何だったのか?
実はロートベットには「マイナーオプション」が残っていなかったのです。
マイナーオプションとは
選手はキャリアで初めて40人枠に登録された際、原則として3シーズン分のマイナーオプションが与えられます。
消費の条件: 選手がマイナーリーグで年間20日以上を過ごし、そのシーズンで1回以上オプション降格(Optioned)された場合に、1シーズン分のオプションを消費します。
移籍等で球団が変わってもマイナーオプションは復活しません。
つまりロートベットは、ドジャースに来る前のいくつか所属していた球団で既に、マイナーオプションを使い切っていたのです。
マイナーオプションを使い切っていると、どうしてドジャースから去る可能性が高くなるのか?
実はメジャーの40人枠から外したいと思った時に、マイナーオプションがない選手はメジャーからマイナーにそのまま落とせなくなるのです。
1軍から2軍に簡単に落とせる日本とは仕組みがだいぶ異なります
もしマイナーオプションを使い果たした選手が、現在所属している球団のマイナーに行く場合の手続きは以下のようになります。
マイナーに行くための手続き
DFA(戦力外)→ウェーバー公示→獲得したい球団が現れない→本人がマイナー契約を受け入れる→ドジャース傘下のマイナーチームと契約
そう、必ずウェーバー公示に出す必要があるのです。
もしロートベットが1個でもマイナーオプションを持っていれば、ウェーバーにかけずに球団の希望、球団の決断を飲んだ本人の希望で、マイナー契約を結べたのです。
しかし「マイナーオプションが残っていない」という事実を知っていたファン達は、もしまたロートベットをマイナーに落とす場合には・・・「ひえぇぇ~」となったわけです。
今回のように一時でも活躍すれば、ウェーバーにかかった選手は他の球団が「欲しい」と思ってくれる可能性が高くなります。
今回は、実際にワイルドカードシリーズを戦ったレッズが獲得の意思を表明したために、レッズへの移籍が決定しました。
「じゃぁ、ロートベットを40人枠に残しておけばよかったじゃないか。」
そう思われたかたもいるでしょう。
ただこれがチーム戦略であり、ドジャースは40人で捕手2人体制を敷いています。
ラッシングとロートベットを天秤にかけ、ラッシングの将来性を選択したために、「ウェーバーにかければロートベットは絶対にどこかの球団に持っていかれる」と分かっていながら、泣く泣く40人枠から外す措置をしたのです。
結果オーライとボーナス
仮にロートベットがドジャースに残っても捕手としての出場機会はそれほど多くなかった可能性もあります。
それであれば出場機会のある球団に行くのが本人にとっては良かったのかもしれませんね。
実はロートベットの話はここで終わりではありませんでした。
ここからはドジャースの粋な契約が話題となっていましたね。
チームはワールドシリーズ終了後、いつでも選手と来季の契約を結べます。
ドジャースは、ロートベットを40人枠から外す前に、「1年間のメジャー契約」を結んでいたのです。
年俸調停の資格を持つロートベットは、もし調停になれば約130万ドルくらいになると見られていました。
年俸調停とは
調停資格を持つ選手は、通常、球団と契約条件が合意に至らない場合、第三者である調停人に年俸額の判断を委ねる流れになります。
そのためドジャースは調停にならないであろう「約125万ドル」という年俸で1年契約を結んだのです。
ウェーバーとなり、他球団が獲得する可能性の高かったロートベットに、なぜ1年契約でメジャー級の年俸を支払ったのでしょうか?
そこには以下のような理由がありました。
- ドジャースが事前に来季125万ドルの契約を結んだので、ロートベットはウェーバーの結果に関わらず、来季はメジャーリーグの給料(125万ドル)を保証された
- もしウェーバーをクリアしそのままドジャースに残っても、メジャーリーグの年俸ではなく、より低いマイナーリーグの給料しか得られなかった可能性を回避できた
- 最終的にロートベットはレッズが獲得。このため125万ドルの年俸の支払い義務はレッズに引き継がれた
- 貢献した選手に感謝の意を示して給料を保証しつつも、最終的な年俸の支払いは獲得チームに任せるという、選手への配慮と球団運営の合理性を両立させた
ウェーバーになった選手を獲得するには、前球団が支払うべき年俸(ドジャースが払うべき年俸=125万ドル)が残っている状態であれば、新たに獲得した球団がそれを引き継がなければなりません。
もしドジャースが事前に125万ドルの契約を結んでいなければ、ロートベットを獲得したレッズは、来季の年俸をもっと安価に提示していたかもしれないのです。
事前にロートベットの来季の年俸を高く契約しておけば、ドジャースのマイナーに降格すればドジャースから、他球団に移籍すれば他球団から、どちらにしても確実に125万ドルを受け取れるようにドジャース側が設定していたというわけですね。
この辺りがドジャースという組織が非常に優れているところなんでしょう。
(まとめ)スミスはもっと称賛されていいのだけど・・
ワールドシリーズまでを見れば、本来もっと称賛されていいいのはスミスの方かもしれません。
第3戦の延長18回の試合も含めて、ワールドシリーズ7試合すべてに出場し、その前のブルワーズ4試合とフィリーズ2試合もフル出場です。
ケガからの復帰後、13試合連続で出ずっぱりにもかかわらず、最後の第7戦は決勝のホームランを打っていますからね。
ただその称賛と同じくらい、ロートベットの移籍はファンの熱い話題となり、移籍決定までのドジャースという球団のプロセスもまた称賛されるべきものになりました。
レッズは同じナショナルリーグですから、来年のレギュラーシーズンもドジャースとの対戦がホーム&アウェイでありますね。
「縁の下にいてほしい選手の一人」だったロートベットの来年も期待しましょう。

